せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

夢の中へ

砂浜を歩いていると、見知らぬ子供がしゃがみこんで目の前の砂を掘っているところに出くわした。
うつむいたまま一生懸命に、掘っても掘っても崩れてなだらかになっていく白い砂を、小さな両手でかきわけかきわけ、そのたびにじっと浅い穴を覗き込み、肩を落としてはまた掘り始める。
「何をしているの?」
頭に大きな黒いリボンをつけた彼女は、斜め後ろから見ているこちらを振り向こうともせずに答えた。
「なくしちゃったの……」
3mほど離れたところで僕は彼女の大きなリボンを見つめていた。言葉を発した彼女はしかし、問いかけた声の主にはまるで無関心であり、また白い手で白い砂を掘り始めた。
「何か大事なものを落としてしまったんだね」
おおかた縁日で買ってもらったガラス玉の指輪とか、友達からもらったお土産のキーホルダーか何かだろうか。と想像しつつ僕は無粋にもこの子に興味を持った。
「それは大変だね。このあたりで落としたのかい?」
「わからない……」
ここで落としたかどうかもわからないのに、彼女は一心に目の前の砂をかきわけている。かきわけたそばから砂は崩れて元いた場所へ戻っていき、彼らよりも少しだけ白い彼女の手をふたたび、いや何度でも何度でも覆っていくのであろう。ややがむしゃらに、意地になって、白が白をはねのける。その繰り返し。
「せっかく作ったのに……」
ぽそりと彼女はつぶやいた。
「そう、自分で作った大事なものなんだね」
「うん」
砂をかきわける音はかすかで、遠くに見える砂防林を渡っていく風の音と、それになにより間断なく打ち寄せる波の音にかき消されて僕の耳には届かなかった。
「手伝おうか」
彼女は無言で首を左右に振った。黒いリボンがふわりふわりと揺れた。
「そうか」
広い砂浜に作られた彼女の小さなスペースに、僕が入りこむ余地はないようだった。
「見つかるといいね」
声をかけ、僕は今来た道を引き返すことにした。彼女の顔も見ないまま。おそらくその目にはいっぱいの涙がたまっているのだろう。が、僕にはどうすることもできまい。彼女自身がそれを見つけださなければ、何の意味もないのだろう。
「じゃ」
しかし何の気なく、単なる別れの挨拶代わりに発した僕の声に彼女は顔を上げた。やっぱり手伝って欲しいのだろうか、無駄に終わってもいいから他人の手を借りてみようと思い直したのかと、僕は彼女の長い髪に結ばれた漆黒のリボンの結び目のあたりをぼんやり見つめていたが、彼女は振り向くことのないままで、僕が問うていないことへの答えを返した。
「名前。わたしの名前」
黒いリボンが揺らめいた。
「なくしちゃったの」