せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

火葬における宗教的見地

インドの諸宗教

ヒンドゥー教ジャイナ教、仏教などのインドの宗教では、野外の火葬を定めている。これらの宗教は、身体というものを、霊魂を運ぶ道具であり容器であると規定している。例えば詩篇バガヴァッド・ギーター*1は、“古き衣を捨て新しきを纏うがごとく、死後たましいは新たなる体を得る”うたい上げる。霊魂は既に去ってしまったのであるから、死んでしまった体が聖なるものとみなされることはない。東洋の宗教において火葬が倫理にかなったものとされるゆえんである。シーク教では土葬も禁じられてはいないが、宗教よりもむしろ文化的な理由から火葬が好まれている。シーク教ヒンドゥー教と様々な文化的共通点を持つため、シーク教徒も火葬を好むのである。彼らもまたインダスのような聖なる河へと遺灰を流す習わしがある。
ヒンドゥー教の言い伝えによると、なきがらを埋める土葬ではなく、炎によって破壊する火葬を志向するのは、体を抜け出して間もない霊魂に肉体から分離したということを実感させるためであるという。そうすることによって霊魂を“あの世”(死者の最終目的地)までの道のりへと促すのである。この考え方により、聖人(その霊魂は一生にわたる苦行により既に肉体から“離脱”している)及び幼い子供(まだ長く生きていないため、霊魂がこの世と強く結びついてはいない)のみ、大地に埋葬されることになる。ヒンドゥーの聖人は、蓮華座の姿勢*2で地中に葬られる。他の宗教の土葬のように遺体を平らに寝かせたりはしない。ヒンドゥー教には命名の儀式、聖糸の儀式、学徒期の開始、結婚など、16の儀式*3(“16 sanskars”)が存在している。その最後にあたるのが火葬である。火葬の儀式はantim-samskaraと呼ばれるが、これは“最後の儀式”という意味である。火葬、いや“最後の儀式”では、“プジャ”(礼拝)が行われる。ヒンズー最古の経典の一つである聖典リグ・ヴェーダには、火葬にかかわりのあるRuchas(小詩)が数多く含まれている。その中ではアグニ神(火の神)が、死者の体を清めるということが述べられている。しかばねは“Parthiv”*4と呼ばれることもあり、よって火葬においては、Parthivが火の神に委ねられるのである。

キリスト教

主要記事:キリスト教世界における火葬
キリスト教国やキリスト教文化において、歴史的に火葬が推奨されることはなかったが、現在は様々な宗派において受け入れられている。

ローマカトリック

ローマカトリック教会が火葬に賛同しない理由としていくつかを挙げることができる。一つには、身体というものが、秘蹟を受けるための“器”であり、それ自体が神聖な、清らかなものであるということ。二つ目には、ひとりひとりの人間にとって不可欠な肉体を処分するのであれば、敬意と崇敬の念をもって行うべきであるということ。遺体の処置に関する古い慣習の中には異教に起源をもつものや、肉体に対し侮辱的なものが多いとされる。三つ目に、イエス・キリストの埋葬にならい、キリスト教徒のなきがらもやはり土葬に付されるべきであるという考え方がある。そして四つ目の理由は、火葬が肉体の復活を否定するものとされたためである。火葬はしかし、人の肉体を甦らせる神の力を妨げるものとして禁じられているわけではない。このことはミヌキウス・フェリックス*5の生きた時代、彼の「オクタウィウス」において既に反論がなされている。
実際には、火葬そのものが禁じられているわけではない。中世ヨーロッパでさえも、戦争もしくは悪疫や大飢饉の後のように一度に大量の死者が出る状況では、火葬が営まれていた。伝染病拡大の差し迫った危険を避けるためであるが、一人ずつ墓穴を掘って土葬を行っていると時間がかかりすぎ、全ての埋葬を終える前に遺体が傷み始めてしまうのである。だがしかし、火葬が公共の利益のために必要とされる状況でなければ、地中への土葬および埋葬のしきたりが依然として続いていた。
中世初期、また18世紀以降は特に、合理主義者や古典主義者たちが、肉体の復活や死後の世界といったものの存在を否定するために火葬に賛同を示し始めた。もっとも、この火葬支持運動は火葬に関する神学的事柄に取り組み反論することを活動の主眼としていたのであるが、しかし火葬に対するカトリック教会の態度は、火葬が公然と“神の敵”に結びついたことで硬化することとなった。火葬には規制がかけられたが、後に1960年代になって緩められた。カトリック教会は今でも公的には土葬や埋葬を支持しているが、肉体復活への信仰を否定する意思表明がない限り、現在では火葬は許容されている。
現行のカトリック典礼規則では、故人の遺族から要望があった場合、葬送ミサが終わるまで火葬を行わないよう定められている。
このため遺体は故人その人の象徴としてミサの間その場に安置され、祝福を受け、捧げられる祈りの言葉に語られるよすがとなる。肉体がそこにあれば、“教会がこれらの(葬儀の)儀式(ミサ)に認めている価値が、より明確に伝えられ”るのである。ミサそのものが終われば遺体は火葬され、火葬場や、土葬と同様に遺骨を埋葬できる墓地などで第二の式*6が行われるのである。
“教会では、葬儀の間、故人のなきがらがその場にあることが好ましいと考え、これを推奨していますが、…しかし時には、葬送ミサに遺体を安置しておけない場合もあります。異常な状況(強調あり)のため火葬が唯一の選択となってしまう時、司祭は思慮深く事にあたらなくてはなりません…”言い換えるとつまり、火葬というものは推奨されてはおらず、葬送ミサに遺骨が安置される例は非常に稀であり、本当にやむをえない場合にのみ教会式に先立っての火葬が許される、ということである。
1997年、バチカン典礼秘跡*7は“…ミサを含む葬儀典礼を催行する際、遺骨の安置を認める特別な許可*8を与えました。そのような葬儀のありかたはあまり好ましいものではないにせよ、アメリカ合衆国のラテン典礼教区では昔ほど珍しくはなくなってきています。許可を受けるためには満たさねばならないいくつかの条件があります。例えば、1)身体への尊敬、肉体の復活などのキリスト教の教えに反対するための火葬ではないこと。2)地域の“司教がミサの有無に関わらず、遺灰を安置しての葬礼が適切であるという判断を下していること。個々の場合において具体的状況を鑑みつつ、教会法や典礼規則を厳密に守らなくてはなりません。” つまりアメリカでは、教会式の前に火葬を行った場合、葬送ミサを受けられる保証はないと言える。また、この特別許可は他の儀式や教区、国については触れていない。
葬儀典礼において遺骨を安置する場合、遺骨は立派な壷に入れられて小卓の上に置かれる。棺が通常安置される空間に、立てておかれることもある。葬送祈祷や式の進め方はその状況に合わせて変更され、例えば普通の状況ならば目の前の遺体についてはっきりと言及している内容の祈りの文句などは、差し替える必要が出てくる。
葬儀典礼がどこで行われても、また行われなくとも、教会は遺灰を崇敬の念を持って処理しなくてはならないと明言している。遺灰は通常、(撒骨や遺族宅での保管ではなく)骨壷などの適切な容器に納めて埋葬するよう規定されている。
カトリックの墓地は今日では遺骨の受け入れも行っており、地下式墓堂を備えているところも多い。

プロテスタント

プロテスタント教会カトリック教会よりもかなり早く火葬の利用を受容していたが、火葬支持運動については教徒の間で意見が分かれていた。プロテスタント諸国における最初の火葬場は1870年代に建設されており、もっとも著名な英国教会の一つ、ウェストミンスター寺院の主席司祭と聖堂参事会*9は、遺灰を寺院の敷地内に埋葬するよう定めている。また散骨や“撒骨”はプロテスタントの諸宗派において受け入れられている慣行であり、遺骨を撒くことができるよう、固有の“追憶の園”を整備している教会もある。火葬を支持している教団は他にもあり、エホバの証人セブンスデー・アドベンチスト教団なども含まれる。

東方正教とその他火葬を禁じているキリスト教

一方で、いくつかの小規模なプロテスタントの教団など、火葬に異を唱えるキリスト教の宗派も存在する。最も顕著な例としては、東方正教会が火葬を禁じている。やむをえない状況下であったり、正当な理由が認められる場合(民間当局の要請、伝染病の恐れなど)には例外もありうるが、十分な理由もなく自らの意思で自身の火葬を選択した者は、教会で葬儀を行うことも許されず、追悼のための典礼祈祷を受けることが永久にできなくなる。正教において火葬は復活の教義を拒絶するものとされ、ゆえに厳しい目で見られるのである。

モルモン教

末日聖徒イエス・キリスト教会(LDS)*10の指導者たちによれば、火葬は推奨こそされないものの、禁じられてはいないという。また、教会では、かつて神殿の儀式*11を受けた故人の弔い装束について指導を行っている。これは火葬を希望する人々、および法律により火葬が義務付けられている国に住む人々に向けたものである。過去には使徒ブルース・R・マッコンキー氏が、火葬はLDSの教義に“並ではない、異常な状況においてのみ”合致する、と記している。

イスラム

火葬はイスラム教においては禁じられている。死後の人体の扱いについては所定の儀式が存在している。

ユダヤ教

旧来ユダヤ教は火葬に賛同していなかった(火葬は隣接する青銅器時代の文化における伝統的な遺体の処理法であった)。ユダヤ教はエジプトの慣習である防腐処理やミイラ加工による遺体保存にも反対していた。19世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの多くの街においてユダヤ人墓地が過密状態となり場所が不足したため、火葬はリベラル派ユダヤ教徒の間で死体の処置法として認められていった。現在でも土葬の方がが好ましいとされてはいるが、改革派など目下のリベラル系運動は火葬に賛同の意を表している。
ユダヤ教正統派は火葬に対しより厳格な姿勢を保っており、ハラーハー(ユダヤ法)において禁じられているために火葬には不賛成である。彼らが肉体復活の思想を伝統的ユダヤ教の真髄として掲げているためで、サドカイ派などの古代の勢力が復活思想を否定していたのと対照的である。また、ユダヤ教保守派も火葬に反対している。
世俗派のユダヤ教徒の中には、ホロコーストへの反発から火葬を拒む者も存在する。ナチスによる大虐殺の犠牲者は、死のキャンプにおいて遺体を焼却処理されたのである。かつて死のキャンプがあった場所の多くでは今でも、浅い地層の下に遺灰の山が累々と眠っている。
イスラエルでは、近年になって初めて、B&L Cremation System社が最初の火葬炉製造業者としてイスラエルでの販売事業に乗り出した。しかし2007年8月、正統派的色彩の強い組織であるZAKA*12の在イスラエルメンバーが、所在の伏せられていた火葬場に放火して全焼させ、訴追されることとなった*13。ZAKAの広報担当者は事件との関連を否定したが、組織の発起人であるYehuda Meshi Zahav氏は、火葬場の存在が“死者への冒涜”であり、この火葬場は“焼失する定めであった”などと発言し、この焼き打ち行為を賞賛した。

ゾロアスター教

ゾロアスター教では旧来より、火葬も土葬も認められていない。これは火と大地の汚れを防ぐためである。遺体の処理は古くから“沈黙の塔”への鳥葬により行われているが、土葬や火葬がこれに取って代わりつつあり、火葬を選択する現代著名人の教徒も存在する。パーシー教徒であり、クイーンの歌手であったフレディ・マーキュリーはその死後、火葬に付されている。

ネオペイガニズム

近代のネオペイガニズム宗教において。アサトルは火葬に賛同しており、ケルトペイガニズムの諸形態においても同様である。

その他火葬を認めている宗教

アサトル、仏教、キリスト教アイルランド国教会ウェールズ国教会、カナダ連合教会、エホバの証人ルター派、メソジズム、モラビア教会、救世軍スコットランド聖教会)、キリスト教科学、ヒンドゥー教(聖人“Sanyasis”や去勢者、5歳未満の子供を除く全ての者が義務付けられている)、ジャイナ教神道シーク教、キリスト友会(クェーカー)、ユニタリアン ・ユニバーサリズムなどは全て、火葬を認めている。

その他火葬を禁じている宗教

バハイ教は火葬を禁じている。朱子学においては朱熹の教えのもと、親の遺体を火葬する人間は不孝者として激しく非難された。エジプト再建主義においては、火葬によってカー*14が死ぬとされるが、禁じられてはいない。古代において火葬は、処刑された罪人から来世を奪うために行われていたのである。

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*1:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

*2:in lotus position:http://www.portal-found.com/BuddhaStatues.html#anchor23097

*3:参考:http://www.religiousportal.com/16Sanskars.html

*4:http://www.birthvillage.com/meaning/Parthiv によると、「Prince of earth」を意味するらしい

*5:2〜3世紀頃の人。

*6:a second service:サービスって単語は訳すのがえらい難しいなあ。

*7:訳語参考:http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/vatican/curia.htm

*8:indult:字面的には「勅許」とか「教勅」と書いてみたくなるような、そんな「特別な」言葉らしい。

*9:the Dean and Chapter of Westminster Abbey: http://www.westminster-abbey.org/

*10:日本サイト:http://www.ldschurch.jp/ 米国サイト:http://www.lds.org/ 普通に「LDS」でぐぐったらなんか全然違うサイトがトップに来た…

*11:「エンダウメント」というらしい 参考:http://www.ldstemple.jp/

*12:ザカ。救援ボランティア団体

*13:参考:http://www.zion-jpn.or.jp/news/jy0824.htm

*14:神であり、人間を構成する要素のひとつ。≒たましい。