せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

おはようございます

長くてへんな夢みた。
映画を見ている。外国の映画で、戦争に関する内容だった。俺は例によっていつの間にか観客席から映画の中に入り込み、主人公となっていた。主人公は軍服を着ていて、女子供を捕虜として自国の薬品工場へ送り、散々働かせた挙句に人体実験を行い殺していた。登場人物の服装などから判断するに自国はヨーロッパ系、敵国は中東あるいは西アジアの暑い国のどこかだった。最後に主人公が処刑され暗転した背景にゆっくりとエンドロールが流れはじめ、自分はいつのまにか銀幕のこちら側に戻っていることに気づく。
しかしその映画は日本人が日本で作ったものであるらしい。そういえば出演者は自分を含めて日本人ばかりだった。ビジュアル的にものすごい無理があるのに全然気にしないで見ていた。そこで気になる場面に戻ってみることにした。思い浮かべるだけで、また映画の中へ入り込めるのだ。
捕虜と監視者たち一行が、赤い電車に揺られて工業地帯の合間を移動している。単純な連想でロケ地は川崎かなと気づく。あちこちの工場が打ち捨てられて取り壊しもされぬまま、廃墟の様相を呈している。かつては芝が植えられて労働者の眼を休ませていたかもしれない広い前庭も、近くの海からの強風で一面に砂ぼこりを立てている。赤い電車、たぶん京浜急行の車窓からそれを見ていたが、とある廃墟の門のところに、目薬とハトが飛ぶアレでおなじみの製薬会社の社名が書かれた真鍮製のプレートが掲げられているのに気がついた。ああ、何年か前に移転しちゃったんだよね。しかしこれ撮影のときに隠さなかったのか。写っちゃったらだめじゃん。完全に日本で撮ったってわかるじゃん。でもまあ京浜急行と分かる車両が出てくる時点でだめだよね。
それからほどなくして電車は小さな駅に滑り込んだ。俺は今度は捕虜の人と仲良くなる、なんとか班長という役柄だった。捕虜の一人はたまたま出稼ぎに来ていたベトナム女性で、彼女はとりあえずお昼ごはんを食べましょうと言った。餃子を食べようとしたら中華の店はいっぱいで、通りを一本入って定食屋ののれんをくぐった。ランチ600円。
何を食べたかは忘れたが、食後の自由行動の時間、さびれた三流デパートの5階でベトナムの彼女と食器を見ていたら急に地震が来て、棚にあった皿が全部床に落ちて割れた。建物があっという間に傾き始め倒壊した。俺はベトナムの彼女を脇にかかえて頭上の窓を割って外へと逃げ出した。空を飛ぶ練習をしておいてよかった。
駅までたどりついた。実は地震の規模は全然たいしたことがなく、老朽化していたデパートだけが倒壊して多数の死傷者を出していたが、他の場所ではケガ人もいなかった。電車も普通に動いていた。我々の班も全員無事を確認し、次の目的地へ行くのでプリントを皆に配ると、なんて書いてあるんですか、駅の名前が難しくて読めない、と質問を受ける。八丁畷か。しかし答える前に目が覚めた。