せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

メモる

 外在的歴史の研究がどのようなものかについては議論する必要がないであろう。中学や高校の教科書に書かれているような歴史がその典型である。けれども、そこには神話や伝説を歴史の中心あるいは重要な資料として扱う姿勢を認めることが出来ないのである。
 これに対して、内在的歴史とはどのようなものであろうか。一口に言うならば、それは民衆の世界観・宇宙論としての《歴史》である。

とこのあたりを朝の電車の中で読んでいて一気に眠気が吹き飛んだ。そのもう少し先には西洋の人の文章(の訳文)の引用があり、これもまた目から鱗だった。「あれ、もしかして俺の眼からうろこが落ちちゃった?」というよりは「うおおおこれだあああ!今がこの時!落ちよ俺のうろこーー!!」みたいなかんじであった。いや、どう違うのとか聞かれても困る。
孫引きになってしまうけれども、その一節。こんど元の本も見つかったら読んでみよう。

 ドイツの批評家H・M・エンツェンスベルガーは『スペインの短い夏』(野村修訳)のなかで、民衆と歴史との関係について次のように述べている。

 科学としての歴史は、ぼくらがもはや口承に頼らなくてもよくなって、つまり外交文書や条約文や、議事録や官報といった「ドキュメント」が存在するようになって、はじめて成立した。だが歴史家のいわゆる歴史を、胸にはぐくむ人はいない。そういう歴史への反感は根源的なものであり、拭いとれないものと思われる。学校の授業で、この反感は誰にもなじみのものだ。どこの国の民衆にとっても、歴史とはものがたりの束であり、今後もそうだろう。歴史とは記憶しうる何かであって、つぎつぎと語り伝えられるのに向いたもの、ひとつの再話である。

ここでは口承による物語とドキュメントなどの記録物とを対比させているが、述べられているのは「民衆的なもの」と「科学的なもの」の対立であって、媒体の違いは実は本質的な問題ではないのだと思える。
たとえば、起こった出来事を誰でもがそれぞれの言葉によって記録することができ、その記録を長期間残すことが可能な媒体によって、誰にでも簡単に探し出せ読むことができるという状態を実現できたとしよう。そう、仮の話である。
そのとき「教科書的、あるいは科学的な歴史」はそれらの記録と果たして円満に一致するんであろうか。するはずがない。空の上にモクモクと広がった記録は膨大な数の枝分かれをし、枝同士が絡み合い、ぶつかり合い、実際に起きた出来事の何十倍もの大きさをなしてしまうであろう。
しかしその中にある一定の風の流れのようなものを読み、語る太い一本の枝のようなものがあるかもしれない。
追記とか思ってぐだぐだ書いていたら何が言いたいのかわからなくなった。いいや、仮の話だし。