よかった。傘を持つのが嫌いな俺は荷物がひとつ増えるだけの軽い憂鬱を、出かけることにした自分のうかつのせいにしてまた嫌な螺旋にひとり勝手に落ち込んでいくところだった。
自分もまた知らないうちに誰かの鏡になっているのかもしれない、と心に留めるだけでもよかろうと思う。ぴかぴかの鏡は目立つだろうが、埃をかぶった自分だって誰かの姿を本人に向かって提供しつづけているのかもしれない。
その誰かは鏡でできた箱をかぶる俺に向かって話しかけているようにも見えるが、俺が返事をしたところでその声はすべて鏡の裏面に吸い込まれて届かず、答えはというと全て問いかけた者が自分で語っていたりするのだ。
