せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

瞑る星

その星には、不思議な生命体が存在する。
姿のない・・・というと語弊がある。通常の生物のようなはっきり見える肉体を持たない、と言った方が正しいかもしれない。その生命は蛋白質や水分でできた体の中におさまっているのではない。地表を離れ、はるか上空を雲のように漂っている「何か」なのだ。
「それ」が生き物であるとわかったのは、惑星調査ももう5度目を数えるようになってからだ。それまでそこは、同じ太陽系にあって、にぎやかすぎるほどさまざまな命であふれかえる星・地球の言葉で「冥王星」・・・死後の世界を司る神の星という意味で呼ばれる通り、生命の存在し得ない、存在する余地のない場所として認識されてきた。われわれの星から派遣された調査隊も、それまでの4度のうち3度は調査中に全滅しており、まさにそこは死の星としかわれわれの目には映らなかった。
はじめに接触してきたのは、「それ」の方からだった。地表めがけて降下しようとしていた第5次調査隊の着陸ポッドに、母艦のものでない周波数の通信電波が届いたのだ。ポッドは降下を中止し、その場でホバリングしながら電波を受信した。
 
あなたは誰ですか?
 
「それ」からの電波は音声に変換された。だがその声は聞いた事もないような・・・高いとも低いとも判断できない、どんな声帯からも発する事ができないような、とにかく再現も表現もできないような響きの声だったという。今考えると、それは音声ではなかったのかもしれない。なにしろ母艦にいて生還した調査隊員は、その「声」が語った内容について、母国語であった可能性はまったくなかったといっていいはずなのにも関わらず、すべてを理解しすべてを覚えているのに、それがどのような「声」だったのかをまったく記憶していないのだ。
ポッド内の隊員が、自分達は調査目的でこの星にやってきた遠い星の住民だ、と答えると、「声」は、隊員達を警戒するでもなく、問われるままにさまざまな事柄を語りはじめた。
 
―冥王の星の住民ですか?あなたがたはどこから通信電波を発信しているのですか?
わたしは複数体ではありません。わたしは今、この星にひとりしか存在していません。だから「あなたがた」ではなく「あなた」で結構です。あなたがたはこの冷たいいれものにいくつ入っているのですか?
―このポッドには4人います。あとはもう少し上空に待機中の母艦に8名。あなたは「ひとり」とおっしゃっていますが、他に誰もいないのですか?地表のどのあたりにいらっしゃるのですか?
他には今は、誰もいません。それにわたしは地表にはいません。あなたがたのまわりにいて、あなたがたのいれものを包んでいます。これは面白い物質ですね。あなたがたはこの中にいないと死んでしまうのですか?
―そうです。生身のままこのガス雲の中に放り出されたら、命を落としてしまいます。宇宙服を着ていてもこの条件では生存は難しいでしょうね。あなたは今、われわれを「包んでいる」ということですが、あなたは生身の生命体なのですか?いったいどういった身体構成をしているのですか?
生身?身体?やはりわたしとあなたがたとでは存在形態が違うようですね。わたしは激しく飛びまわる分子の膨大な集まりでできています。他の星の生命体は、それを「ガス」と呼ぶようですね。
―ガス?この雲が、あなたそのものなのですか?信じられない。・・・われわれが、気体の状態で活動している生命に出会うのは初めてです。いったいあなたはどういう存在なのですか?
どういう、と聞かれても、その問いはそのままあなたがたに返すしかありませんね。あなたがたも、どうしてそんなか弱い固体と液体の複合的集合体を依りしろにして、不安定な生命活動を行っているのかと聞かれたら、答えられないでしょう?もっともわたしがあなたがたのような半固定された依りしろを持っていたら、この星で生き続けていくことは到底不可能でしょうけどね。
―なるほど、環境に適応した形態、ということですね。あなたは今ここで、何をしてらっしゃるのですか?そもそもあなたの生命活動はどのように行われているのですか?あなたは何をして、時を過ごしているのですか?
何もしていません、あなたがたのようによその星へ出かけていったりすることもありません。
―しかし先ほど「他の星の生命体は」とおっしゃいましたが、われわれのような生き物が他に存在する事はご存じなんですね。どうやってその事をお知りになったのですか?
彼らがこの星にやってきて、わたしに接触を試みたからです。わたしは彼らから色々なことを学びました。彼らがみな「肉体」というものを持っているということ、その「肉体」を物理的な手段であちこちへ運び活動していること、それが当然のことであり、わたしのようにかたちを成さないものは、普通は「生命」とは呼ばれないということ・・・。
―しかしあなたは現に存在し、われわれと意思を疎通している。あなたは生きている。われわれとは存在のしかたが違うだけです。あなたが今われわれのそばにいて、われわれとことばを交わし、考えている・・・そう、意識。あなたの意識が存在する以上、あなたは生きているということになりますね?
感覚というものもあるのでしょう?例えばこの星の大気の温度や、自転の速度を、あなたのその意識は知覚していますね?だからわれわれのポッドの冷たさをも感じて、われわれの存在に気付いたのですね?
ええ、わたしを構成する分子の活動が鈍った時、わたしはそこに「冷たさ」を感じます。逆に活動が激しくなった時、わたしは「熱さ」を認めます。ものすごい勢いで星くずや何かが飛んでくる場合がそうです。あなたがたはずいぶん静かにここまで降りてこられましたね。地表まではまだかなりの距離がありますが、このいれものはまったく摩擦熱を帯びていない。あなたがたの星は宇宙飛行についてはずいぶんと発達した技術をお持ちなのですね。ここへ来るまでに燃え尽きてしまういれものもたくさんありましたよ。炎に包まれた金属のかたまりがわたしの中を通って落ちていった時は、わたしもたまらず悲鳴を上げました。
―ええと、話が戻りますが、われわれの他にあなたと接触した異星人がいたということですが。
ええ、この星が生まれてからわたしはずっとここにいますが、いろいろな方とお会いしましたよ。
―彼らはみな、あなたと話してから、自分たちの星へ帰っていったのですね?
ええ。でも、お帰りにならなかった方も大勢いらっしゃいますよ。
―では彼らは今、どうしているのですか?次の目的地へと旅立っていったのですか?それともここでなにかトラブルがあって、命を落としてしまったのですか?
いえ、わたしのところにいます。
―それはどういうことですか?あなたはさっき、今はほかに誰もいないとおっしゃいましたが。
わたしのほかには誰もいませんよ。彼らは、わたしになったのです。ですからわたしは今、ひとりなのです。
―すみません、どうもわれわれの小さい肉体と限られた頭脳では、理解ができかねるのですが。・・・ええ、その、「彼らがわたしになった」というそのいきさつを、詳しく教えていただけませんか?
17035自転前にわたしを見つけたどこかの星の生命体も、それを聞きたがりましたねえ。あれはどこの星から来た方だったかな・・・ええと、あの十字に光る赤い4つの星の合間からです。記憶が残っていました。・・・わかりますか?あそこです。
―ああ、見えます。その方々は、どうなったのですか?
 
 ここで、調査隊の着陸ポッドのはるか上空にいて、さっきからのやりとりを息を詰めて傍受していた残留組は、急に不安に襲われた。探査組がこれからどんな目にあうのか具体的に考えが及ぶわけではなかったが、いやな予感がした。
「交信を中止し、いったん母艦へ引き揚げよ。」そう指令を送ったにもかかわらず、着陸ポッドからは応答がなかった。聞こえていないのか、聞いてはいてもこの未知の生命にすっかり、こころを奪われてしまったのか。
 
その方々も、ここにいます。わたしになったのです。
わたしは他の星の多くの生命体のように、絶えず呼吸というものをしたり、有機物を摂取したりすることによって生命を保っているのではありません。そもそもわたしの生命はそうした代謝活動をしなくても維持できるからです。あなたがたのからだがやがて、落下していく星くずのように燃え尽きる運命の、限りあるものである以上、そこに収まっているあなたがたの命もいつかは果ててしまうということになっていますが、そういった意味では、わたしの存在は滅ぶことがありません。わたしには基本的には、寿命というものがないのです。そして今までわたしと交信した方々は、わたしと同化することを選んだ、ただそれだけのことです。あなたがたはどうしますか?わたしになりますか?

ポッドの丸い窓から霧のように見えていたガス雲が、青くうっすらと光ったように見えた。
中にいる4人の隊員達の意識の中に、「それ」が入り込んできた。
おびただしい数の「存在」が、その中にあった。隊員達の意識はその渦に巻き込まれていった。自分たちのように、見知らぬ生命とこの広い宇宙で出会う事を望んで旅してきた者たち。自分達とはまったく違う顔立ちに、さまざまな体つき、肌の色。彼らの顔の向こうには、それぞれの生命に刻み込まれた記憶が浮かんで流れては消え、また浮かんでは輝いた。彼らの故郷、家族、小さい頃からの思い出が、温かい感情を伴って次々とよみがえった。二つ並んだ白い太陽の下で笑いあう、緑の髪の少女たち。おびただしい量の情報も、見た事もない文字とともに脳内を駆けぬけていった。それぞれの星で学んだ知識、技術、思想、歴史・・・そして絶え間なく聞こえるのは最期の瞬間に彼ら自身の耳を震わせた叫び声―これは悲鳴なのか、歓喜の声なのかわからない、奇妙なものだった―、そんなものがわっと隊員達の脳内になだれこんできたのだ。
望むか望まざるか、そんなことを考えるいとまもなかった。青く光ったガス雲は、驚くべき速さで体内の4つのかたまり、主に蛋白質と水分とでできたやわらかな構成物を、その外側の硬い無機質の容器ごと分子へと還元していった。かたちを持たないからだの中で、原子レベルの再構成が行われ、微量の放射線が発せられ、その気体自身を活性化した。いらない元素は星の大気へと吐き出された。冥王星に存在する唯一の生命体は、彼ら異星人と同化できた事を心から喜んで、パリパリと放電した。淡い灰色がかったガス雲に、青と黄色の光が何度もきらめいた。・・・すべてはあっという間の出来事だった。
母艦の人々は、ポッドが消滅していく瞬間を、呆然と見つめているしかなかった。何度も送られた、母艦へ戻れという指令を乗せた電波が、考えられないほどのタイムラグののち、「受信者が見つかりません」というエラーメッセージとともにすべて戻ってきた。「あれ」がやったのだ。母艦の隊員達は恐慌を来しながらも緊急離脱プログラムを発動させ、この恐ろしい星を全速力で離れていった。
その星は、調査が進んだ今でも「死の星」と称される。たしかに訪れる者にとっては、生きて帰ることが困難であるという意味で、その呼び名は正しい。しかし待っているのは本当に「死」なのだろうか。すべてを自分の体として受け入れ、限りある有機物とともに消え去るさだめであったさまざまな記憶たち―命のしるしをその意識の中に取り込んで永い時を生きる、激しく飛びかう分子のかたまり。
寿命のないこの星の主がこうした「摂食行動」を取るのは、触れるもの全てを極限まで―絶対零度をも下回る、われわれにはまだ知識もなく想像さえ及ばない低温にまで―冷やし、凍らせる冷却帯にこの星が突入する直前のわずかな間だけだ。その中ではあの「生命」の依りしろである分子たちも活動を阻まれ、ガスはよどみ、やがて液化して、雨となって地表に降り注いでしまう。そうなったらまたもとの姿に戻るにはとほうもない時間がかかってしまう。星の主は、それを少しでも防ぐためにあらゆる生命を取り込み、意識を補強し、分子の活動を活性化させて、「冬」にそなえる必要があるのだ。
この生命は、なんのために生きているのか?―それを聞いても意味はない。
「それ」に向かってそう問いかければ、きっと、同じ問いがあなたに、そのまま返ってくるだろうから。