せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

本読んだ

溜まっていた本を消化。というか今回積み上げてしまった本の数々のほとんどが「苦手な人でも大丈夫!数学的思考」とか「地頭力を身につける!」とかそういう内容なんだよ。正直心から後悔した。酔って帰宅したときにアマゾンを覗いてはいけないのだ。アマゾンこわいよ。こわいよアマゾン。いやこれじゃあマンジュウコワイみたいじゃないか。いいか!アマゾンは本当にこわいんだぞ!まだやったことのない人は絶対やっちゃだめだぞ!絶対だぞ!
というわけで積読山の山頂から5冊ほどは光の速さでフィニッシュ。内容は頭に入ったのかって?いいんだ。人にはそれぞれ向き不向きってもんがあるんだい。身の丈に合った生活をすればいいんだい。っていうかこれなら本気で懸案の葬式本を先にまとめて購入すればよかったと後悔している。
ああ、葬式本といえば

世界の葬式 (新潮選書)

世界の葬式 (新潮選書)

これ、取りあえず読破しようとして初めてわかったんだけど、各国の葬式事情がつらつらダダーッと列挙してあって、読み物じゃなくて資料の趣が強かった。文章もひたすら淡々と解説的なものが続いている。でも、葬式の分類のしかたが興味深い。項目っつうか、節は国ごとにわかれているのだけれど、その節をまとめる章立てがこうなってるの。目次から章のタイトルだけ引用。

第一章 各宗教文化圏における宗教慣習
第二章 個人主導型のプロテスタント教文化圏
第三章 家族主導型のカトリック教文化圏
第四章 国家主導型の東方教会文化圏
第五章 救済者主導型のイスラム教文化圏
第六章 自然主導型のヒンズー教仏教文化
第七章 祖先主導型の儒教文化圏
第八章 生活共同体主導型の土着宗教文化圏
第九章 日本のこれからの葬送文化

タイトルというか、この分類そのものがとってもおもしろくね?っていうか多分、社会なんちゃら学とか文化なんとか学を研究している人とか、あるいは普通に地理と世界史の授業の内容が頭に残っている人にとっては、「いまさらなんでこんなことおもしろがってんだよ」「いやこういう形容ってどうかと思うよ個人的には」っていうような感想が出てくるような一覧なのかなと思うんだけど、世界がでかすぎて到底自分の頭には入りきらないと諦めきって生きている俺にとっては、なんか取りあえず、テレビでやってる天気予報の画面に映る日本列島ぐらいにデフォルメされた世界地図をパッと渡されたような気分になった。しかもこれ、確かに宗教文化圏というくくりはされているけれど(しかもこの「圏」っていう単語が曲者で、ユダヤ教の葬式はどこか?なんて探し回ったら普通に「イスラム教文化圏」の章に入ってた。ああ、そういわれればそうだよ確かに)、そこに分類されているのは宗教ではなくあくまでも「そこにいる人たちの葬式」なんだよ。
と長々書いているけれどとにかくこの本、まだ通読してない。自分の興味の赴くままにパラパラとページをめくってあちこちの国の事情を見ているだけ。もう20年近く昔の出版なので多分、最新事情となるとこの本とは食い違う箇所が出て来るんだろうけど、それでも葬式の性質上、そこの住民がいきなり今までの慣習をかなぐり捨ててまったく違う儀礼にならうということも考えにくいので、これはとても重宝な書籍じゃないかな、と思った。
個人的にはアメリカの葬式事情をもうちっと詳しく書いてもらえたらよかったな、と思うのだけど、まあそのあたりはまさにインターネットという便利な調べ物マシーン(ただしハズレくじもあり)で自分で探せばいいのだよね。と思ったら自分が見落としてただけで結構なページ数が割かれているではないか。イギリスの項の充実ぶりに圧倒されて思いっきり見逃しておった。著者の人ごめんなさいごめんなさい。謹んでお詫びしつつ直前の文章に取り消し線を入れさせていただきます。
そうそう、この前見た映画がらみで気になった箇所を第一章「各宗教文化圏における宗教慣習」、プロテスタント教文化圏の紹介文より。

ここで特筆しなければならないことは、一般に欧米人は遺体や遺骨に対して、日本人のように生命を拡大解釈したものとして感情移入しないことである。すなわち、ギリシャ思想やキリスト教の考え方によって、人間の肉体は霊の閉ざされた器と考え、死後それが解放されて精神の世界に昇天すると信じられている。遺体や遺骨は単なる霊のぬけ殻である物体にすぎない、と考えるから、それらを畏敬の念をもってあがめることをしない。

確かにwikipedia:en:cremationの項でもキリスト教の葬儀に関わる記述においてそういうくだりが何度と無く繰り返されていた。
星の王子さまが自分の肉体を「いれもの」であり「重くて星へはもっていけない」モノであると語っていたけれど、そういうかんじなのかな。俺日本人だけどその「いれもの感」ってのは結構共感できるとらえかただったからすんなり受け入れちゃったけど。ああ、だから、受け入れはしたものの、「星に帰る」ことの意味を比喩的に文学的に理解することがあまりできていなかったんだ。主人公や王子さまがあんなに悲しそうだったことの意味がわからなかったんだ。「帰れるんだからいいじゃん、さみしいけどさ」。多分違うんだ。欧米人の人たちは、あの「いれものを置いていく」という発言を、日本人よりも、いや少なくとも俺よりも、ずっとずっと感覚的に、死を示すものとして受け止められるんだよきっと。っていうか死因なんてヘビだし。ヘビ。キリスト教的にヤバいでしょ、ヘビ。うおお俺30年ぐらい前にこの本初めて読んだのに今やっとこの事に気がついた。ひいいい。
というわけで、死の門番がかっこいいあの葬式映画、「いれもの」を畏敬の念さえ持って扱い、送り出すために清め粧う習慣のある日本の葬式については、海外の反応、とりわけアメリカ人の感想がどんな風なものなのか、やっぱりちょっと気になるのでした。遺骨を絵の具に混ぜて肖像画を描かせちゃったり、花火に詰めて打ち上げたり、というアイデア*1をちゃんと事業化しちゃう人たちがいるお国柄の人が、あの映画で日本での遺体の扱い方を見てどう思うのか。死の門番のたたずまいを見てどう感じるのか。幸いにして映画はあの国でも評判らしいので、便利マシーンを使って俺は色々な人の意見を拝見してみたいと思った。
ちなみに前にブクマしたあちらのYahoo!知恵袋
あなたが死んだら火葬がいいですか?それとも土葬?

火葬+臓器提供、あるいは献体って意見が多い印象。あと「ぶった切ってバーベキューにして欲しい。んで、人でも動物でも食べたい者に食べさせる」とか書いてる人がいるけど、本気なのか冗談なのか判断できるほどの読解力が俺にないのが残念です。

*1:俺としては、外気にふんだんに晒されることになる絵の具に遺骨を混ぜちゃうなんてなんだか死んだ人に失礼なんじゃないかと思ってしまうのだけど、そういうつもりはまったくなくて、ただ単に故人が使っていた「いれもの」を傍に置いて故人を偲ぶ、本人そのものというよりも遺品、形見という意味合いが強いんだろうね