せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2025年もそこそこ適当に生きたい。

鍋炊飯の恩恵

一人暮らしを始める時、飯を炊くためだけに炊飯器を置く気になれなかったので買わなかった。炊飯器を使って普通に汁物や煮物や蒸しケーキを作ることも、メーカー推奨ではないが可能であると知ったのは少し経ってからのことであり、その頃には狭い台所での什器の配置は既に炊飯器抜きで確立しており、たとえ2合炊きの小さな釜であろうとそこに入り込ませる余地はなくなっていた。
ゆえに鍋炊飯である。5リットル弱の保温鍋にまとめて5合の米を炊く。鍋の容量にはまだかなりの余裕があるが、これ以上の量を炊くと上下の米で炊け方にかなりのムラが出る。よく蒸らしてしゃもじで混ぜ、その日のうちに食べない分は熱いうちにラップフィルムで一食分ずつ包み冷凍保存する。後日電子レンジで温めて食す。
米や水や炊き方や食べ方にこだわる人には受け入れがたいかもしれないが、米があるだけで幸いに思えるといういささか人より自分の人生への期待値が低い自分がそのような敏感な味覚とそれを支えるだけの気概を持つ必要もなく、熱々のレンジ飯を茶碗にあけ、時にはバターを載せ、時には豚バラの下茹での際に取れたラードを載せ、時には生卵を溶いてかけ、時にはマヨネーズをたっぷり絞り出し、時にはたまの遠出で買って帰ったアミや葉唐辛子の佃煮を載せ、そうして食べる。バターやラードを載せた時には醤油を少し多めにまわしがける。一時期、やはり自分は炊きたての飯を食べるべきであろうか、それが日本人として払うべき米への礼儀だろうかと考えてはみたものの、炊飯器を購入する気にはやはりなれず、レンジ炊きを試行してみたものの研いだ米の浸水時間と自分の外出時間の調整がつかず、やがて鍋炊きがすっかり定着してしまった。
今日はこんな文体で一見大真面目に鍋炊飯を論じるつもりであるかというと決してそんなことはなく、わたしはただただ鍋炊飯の恩恵について一つ記しておきたかっただけなのだ。要するにわたしが書きたいのは以下の事柄である。

  1. 鍋でごはん炊いたんだけど水加減をちょっとミスったよ
  2. 大量の鍋底こびりつきごはんがでたよ
  3. 洗うのがめんどくさいので水を入れて24時間ぐらい放置したよ*1
  4. 鍋の中の水をざるにあけてみたらきれいにごはんが取れていたよ
  5. ざるにすっかりふやけたごはんがたまったよ
  6. フライパンに薄くのばして塩胡椒を振って焼いてみたよ
  7. 電熱コンロで3時間ぐらいじっくり焼いたよ
  8. ほどよく焦げてパリパリの物体ができたよ
  9. タバスコマヨをたっぷりつけてビールのつまみにするよ

 ↓
 ウマー

*1:ただし超寒い真冬の台所で。真夏に室温で一日放置したらヤバいと思う