せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

幼馴染

近所の新築住宅に越してきた家族の一人娘があいつだった。仲良くしてやんなさいよというお袋の言いつけに素直に従い学校からの帰り道を一緒にと誘うと俺はいつも、ランドセルを二人分かついで玄関までついていく羽目になった。俺の黒いランドセル、あいつの赤いランドセル。
玄関のドアを開けても奥に誰かいたためしはなく、あいつは冷蔵庫からケーキやプリンや網目のメロンを出してきて俺にすすめた。だが食べようとすると、あいつはふざけてすいっと皿を後ろに下げ、俺の顔を見つめ笑った。そしてそのまま色々なことを話し出した。内容は俺のよくわからない、彼女の空想する物語だったのだと思う。もしかしたらマンガかアニメの主人公に自分をなぞらえていたのかもしれない。そのくらい突飛な内容だった。話し相手が欲しいから俺を食い物で釣っているんだな、と子供心にわかりはしたが、親に内緒で食べられる甘いもの、しかも自分の家では絶対に出されないようなよそゆき顔の菓子の誘惑に負け、俺はおとなしく犬のように餌付けされていた。「待て」の命令を出しておいてひとしきり喋り終えると、あいつは満足して、引いた皿を俺の目の前に戻すのだった。
小学校も高学年になってクラスが離れると、俺は二人分のランドセルをかついで帰ったり、あいつの家で餌付けされたりすることもなくなった。が、特に仲が悪いというわけでもなく、まあ、逆に仲が良いというわけでもなく、お互い「一時期一緒に帰ったりおやつ食べたりした子」という関係でそのまま大人になっていった。俺は特に目立つところもなく平凡に育ちそのまま平凡に進学し、あいつは中学入学ぐらいから急に問題を起こし始め高校でもやんちゃが絶えずしまいに家出した。よく考えたらあの家の台所の窓に灯りがともっているところはあまり見たことがないな、と、売りに出されたあいつの家の前に停まった引越業者のトラックを眺めながら思い出していた。
あいつと最後に顔を合わせてからもうずいぶんと歳月が経ったが、年賀状のやりとりだけは続いている。あいつからハガキが届くのは3年に一度くらいだし、俺も返事を書いたり書かなかったりだから、やりとりと言えるのかどうかはわからない。俺が二浪のプレッシャーにつぶれかけていた時に届いた賀状には、金屏風を背景にして、金髪羽織袴の男と白無垢の女の婚礼写真が印刷されていて、その下には手書きで「結婚しました」の文字が躍り、差出人の名前の脇にカッコ付きで小さく旧姓が添えられていたのだが、そのカッコ付き(旧姓)がなかったら俺は誰からの年賀状なのか判別できなかったと思う。
それから何年かして、俺が就職活動を始めようとした年に再びあいつから賀状が来たのだが、文面は素っ気無く、差出人名は旧姓に戻っていた。住所もまた変わっていた。一応返事は出したがその次の年にこちらから出してみた年賀状は転居先不明で戻ってきてしまった。
それからまた何年も経ち、俺がトラブルを起こして部署から外されやさぐれていた大寒波の年、久々に寝正月とばかりに実家へ帰ってみるとあいつからの年賀状が届いた。例の如く住所が変わっている。今度は千葉か。近いな。印刷された写真には年配の男性と、野球のユニフォームを着た10歳くらいの男の子と、その二人の男の朴訥とした雰囲気にまるでそぐわない、黒いタートルネックのセーターに黒い細身のパンツを穿いた、モデルのような体型をしたポニーテールの妙齢が写っていて、それがあいつなのだった。
何か変化があったときだけ便りをよこしてくる、自分が知らせたいときだけ知らせてくる、というのがあいつらしいな、と思う。あの子連れ男との暮らしが終わったらまた、知らない土地から年賀状が届くのだろう。どこからだろう、何年後のことになるだろう、と思ってはみるものの他人ごとゆえに心配もしていない俺はといえば、この歳になって甘いもの好きが高じつい先日医者からこっぴどく叱られた。腹も出てきた。それでもやはり、周りの女性の視線を感じながら行列に加わり買ったロールケーキなんぞを1本ペロリと食べてしまうのだが、そんな時に脳裏に浮かぶのは、ケーキの載った皿をさっと下げて俺の目を見つめるあいつの人なつこい笑顔なのだった。