せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

読み終えた

女歌の系譜 (朝日選書)

女歌の系譜 (朝日選書)

一番読みたかった額田王についての考察が一番最初に載っていたので一番先に読んでしまい、話になんとなくついていけたのは伊勢あたりまでで、その後の人たちは俺の頭の中でほとんど未知でありキャラが立ってなくて正直読めていない。著者の文章は俺がここのところ読んでいるものの中ではかなり独特で、自身が歌人でもあるという彼女の語彙は俺の知識の範疇をぽっこり越えてなんだか夜空でまたたいているお星様のようにキラキラしていて、それはとっても素敵なんだけども、「しんねり」とか「あざあざと」「しねしねと」「くきやかに」なんてフレーズは正直俺が日常見聞きするものではまったくなく、ぐぐればそれらの意味は確かに分かるのだけれども、それらの言葉がごく自然に織り込まれているさまを見るにつけ、こういうのって感覚的に理解できたら歌論や歌人論をもっと楽しめるんだろうか、と悩んでしまった。あ、後鳥羽院の歌論「後鳥羽院御口伝」に出てくるんだけど、「もみもみと」なんて表現もあったですよ。最初に見たときはおもわずわろてしもた。

額田王以外で気になったのは小野小町宮内卿かな。髑髏となってなお歌を詠んだという小町の落魄伝説、なんかまとまって本になってるのがあるかな。とっつきやすいのがあれば読んでみたい。あとちょっと歌の話からずれるけど、

これ、小町算っていうんだ。知らんかった。
宮内卿という人についての文章を読むのはこの本が初めてだった。多分今まで読んだものの中に名前はきっと出ていたんだろうけど。若死にした天才少女、てかんじで逸話が伝わっているそうな。歌合にあたって後鳥羽院から激励されて超プレッシャーで涙ぐんだとか、藤原俊成の齢九十の祝宴をこれまた後鳥羽院が催すにあたって、俊成に下賜される袈裟に刺繍される歌を作るよう命じられたのだが、その歌がのちに修正されてしまうほどの不出来だったことを苦にしそれがもとで命を落としたとか。
家集を残さなかった彼女の歌のうち、さらにこの女流歌人論に抜き出されたものたちからの孫引きになってしまうのだけれども、とにかく俺が目にした宮内卿の歌のうち一番印象に残ったのはこれだなあ。

竹の葉に風吹きよわる夕暮れのもののあはれは秋としもなし

著者のいうように、たしかに上の句がこの歌を支えているんだろな。つうか、これ詠んだときの宮内卿ってまだ10代ですよ。今の10代とは違うでしょ、って言われても、この短命な天才少女はまだ年端もいかない頃から後鳥羽院に抜擢されて、一生懸命いい歌作ろうと勉強したり、いざ歌合なんかが催されるなんてことになると抄物草子を読みあさって構想を練って悩みまくる頑張りやさんだったそうで、そういう生真面目な子が、老練の歌人たちに混じって歌合とか出ちゃうんだよ。下の句は彼女がそういう場に臨んでなんだかいささか背伸びしちゃったんだな、ってかんじに思えてそれはそれでほほえましく思えちゃうんだよ俺は。いや妄想です。でも上の句は彼女の感性が本来の姿を見せているような気がしてとっても好きだなおじさんはウヘヘヘ。やや荒く竹の葉に吹き付けてきた夕刻の風がたちまち弱り惑い散る姿も、揺らされてはさやかに鳴りわたりほどなく静まっていく竹の葉の音も、もはやこの5-7-5だけで説明不要なほどステキじゃありませんか。なんかまとまらないままおやじモード全開になってきたのでこのへんでおわり。