せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

実家日記

今日はひたすらコタツでだらだら本を読んでいたんだが、トイメンに座ってウォークマンのイヤホンから流れる由紀さおり安田祥子の歌にあわせ「みぃ〜かん〜のはあながあ〜〜〜さあいてえいる〜〜」と地声より1オクターブ高くしかも悲惨といっていいくらい音程のはずれまくった歌声を響かせるマイマザーのせいで読書に集中できずに困った。俺もヘッドホンとかで音楽聴きながら大声で歌ったりするけど、そばに人がいるとわかってるときにはようやらん。
読んでいたのはこれ

マリアのうぬぼれ鏡 (ちくま文庫)

マリアのうぬぼれ鏡 (ちくま文庫)

前に「貧乏サヴァラン(asin:4480033653)」という本を買ってたいへん楽しく読んだので、これも!と買ってみたら実はエッセイ集ではなくていろんな著作から抜粋した「マリア語録」だった。たとえばブログのエントリ2つ分くらいのボリュームだったらちょうどいいと思うんだけど、本まるまる一冊が断片的文章たちで埋め尽くされているというのはなんかちょっと予想と違って疲れる読み物であるよ。しかも抜粋ではなく、元の文章をすっかり読んだ方がたくさん楽しいに決まっている。それらを全部読み通してからこの本を手に取れば、これらのフレーズを選んだ人の思いもちゃんとつかめて2倍面白いはずなのだ。
父鷗外の思い出話も面白いけど、この人の話のなかで自分が一番心ひかれ、かつ共感できるのはやっぱり食の話題だ。自分の知らないカタカナ語とかフランス文学みたいな単語が少女のような無邪気な筆致に織り込まれて出てくるとなんか不思議で面白くて「やっぱこのひとは素敵なお嬢さんなんだなあ」と感心してしまうのだが、彼女の魅力がただそれだけだったら「俺には縁のない世界なのだなあ」で終わってしまったろう。この人の、食べ物に対する態度ってのが、なぜか俺にも激しく共感できてしまう。そんな語録からひとつ紹介。

掃除や洗濯は有がたくないが、料理をこしらえるのは楽しい。とにかく、フライパンを熱して黄色のバタァを溶かす、すると私はもう楽しくなっている。バタァが溶けるや間髪を入れず卵を割って落とす。二三度掻きまわし、ふんわりとまとめ、表面を一寸焦がして皿にうつす。全く楽しい作業である。それからそれをたべるのが又楽しいのであるから、料理というのは大したものである。

っていうか料理に限らずやっぱ食ってのは人生で一番大事だ。食はその人そのものだ。