お気に入りの傘があった。持ち手の部分に、何かその頃気に入っていた曲の歌詞を三角刀で彫ったもので、黒くて大きな傘だった。しかしずいぶん長いこと使っていて、古びて柄が弱っていたらしい。ある雨の日にビルの谷間の細い道を歩いていたらビル風にあおられ、両手でしっかりと傘の持ち手を握り締めたその瞬間、持ち手のすぐ上から柄がメギメギッとちぎれるように折れてもげた。
傘の本体はあっという間に風に運ばれビルの7階あたりまで舞い上がって、しばらくするとガシャリと落ちてきた。周りに人がいなかったのが幸いだったが、俺は持ち手を握り締めたままただただ呆然としていた。
すっげー。
まるっきりギャグマンガのひとコマのようなシーンを体験させられた俺は次の瞬間には、声を出して笑いはじめていた。笑いはなかなか止まらなかった。その日は濡れて帰った。