せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

やがて空を照らすもの

夏の休暇を利用して、ハルトラにある知人の実家にお邪魔している。このログを見ているみんなはご存知のこととは思うけれども、ハルトラは同じ星系とはいってもセウラからはずいぶんと離れているから、双子月のうちひとつは普段見るのと大きさどころか色も違って見えるようで新鮮だ。大気もいくぶん濃く、空は高く眩しくぼくの心をどこか懐かしいところへと誘ってくれる。
知人の実家は、村ではザハビーという仕事を代々つとめていた。もう産業としては衰えてしまったハルトラの農業、その中でも最も古い歴史をもつザーハの栽培。この村にもうザハビーを継ぐ家はここ一軒しかないのだそうだ。
ザーハは、世界が大きく変わるその前触れとして芽を出し、変化の流れを人に知らせる植物だという。しかし文明がめまぐるしく発達し、変化しつづけることに慣れきってしまった現代において、ザーハはその予言者としての役目をうまく果たせずにいた。ここ100年ほどで栽培者が激減してしまったのはそのせいだという。いにしえの世において戦乱や干ばつなど大きな災いを知るために珍重された植物を代々守ってきた人々も、今ではぼくたちの星において夢占い師がそうであるように、変わり者であり人を惑わせる詐欺師であるかのように言われることがあるらしい。ザーハの栽培法が門外不出とされてきたこともその噂に尾ひれがつくもととなった。なにしろ今では、ザーハという名前は歴史の教科書の片隅に載っているだけで、その姿かたちも、どんな風にして異変を知らせるのかということも、ザハビーをつとめる家長のほかには誰も知らないのだ。
ぼくは仕事抜きでこの星を訪れたのだが、知人はそうではなかったようだ。聞けばザハビーは彼の父親の代で終わりにするつもりだという。高齢の父親はまだまだやめないと言ってきかないが息子である彼はその仕事を継ぐつもりはない。だから今のうちに、誰も知らないザハビー、そしてザーハのことを君が思うまま映像記録に残してくれないか、もう秘密にしておく必要もないから。そう頼まれた。ぼくはそれを少し勝手だと思ったが、しかたがない。いつ世の中の役に立つかもわからない家業をとるか、とりあえずは安定した自分の生活をとるかと言われたら、ぼくだってきっと後者を選ぶにきまっているのだ。
ザハビーは毎年、ザーハの種を蒔いている。しかし長い間、ザーハはひとつも芽を出していない。皆は不審に思うかもしれない。数年の間にも社会は大きく変化した。あんなひどいことや、悲しいこともあった。いくつかの国が名前を変えた。新しい為政者も生まれた。でもザーハは芽吹かなかった。長いこと貯えられた種しか蒔けないものだから、ザーハ自体の力が弱っているのかもしれない、悪循環だなと知人の父は嘆く。でもそうではなく、この星系にとって、変化しつづけることが既に常態となってしまったのだと、ザーハ自身がみなしてしまったのかもしれないとも思う。
ザーハの種は、夏の暑い盛りに蒔かれる。知人の父親チェルノザインは、一粒一粒を、そっとハルトラの赤い大地にうずめてゆく。その種は黒くずっしりと重く、まるで弾丸のようだ。
畑の脇には大きなツクヨミソウが咲いている。白く軽やかな花弁が風にそよいでいる。
「お父さんは、ザーハの花を見たことがありますか」
「あるよ、私がまだ悪ガキだった頃だがね」
「どんな花なんですか」
彼はくわえていた短い煙草を口から離し、長い息とともに煙を吐き出して言った。
「あの花は、燃えるんだよ。燃えて世界を照らすんだ」
 
ザーハの種は、地中深くに埋めなくてはならない。だからなかなか芽吹かないのじゃないかと思ったのだが、浅いと地上の熱で「暴発」するのだそうだ。だから、掘り返してもなかなか出てこないくらいに深く、深く埋めなくてはならない。掘る土の深さ、かける土の厚さを見ているうちになぜ機械を使わないのだろうと思ったが、人の手で一粒一粒をそっと埋めていかなくてはならない、それがザハビーの仕事なのだ、と言うチェルノザインの目の光の強さに圧倒されてそれ以上言葉をつなぐことができなかった。彼にはアクルという息子―知人からすると兄がいたのだが、家業を継ぐことになっていたアクルは、ザーハの種の「暴発」で命を落としたのだそうだ。
 
激しいスコールがあり、今日の作業は昼の早いうちに中止になった。そうだ、ザーハの花について、夕食のときに少し酔ったチェルノザインが、こんなことを言っていたのでメモしておこうと思う。
「ザーハのつぼみは、夜明け前に大きな音を立ててはじける。世界がいまだ異変に気づかない、暗い夜の終わりに咲くんだ。深い深い土の中でしっかり張った根がその爆発を支え、透けるような縞模様の葉が激しく揺れる。短い茎の先端から針のようなひとすじの光が天を駆けのぼってゆき、上空で大きく花開く」
チェルノザインの眼のふちはすこし濡れているようだった。
「あの光が世界を照らすんだ。我々に、見えなかったものを見せてくれる大切な光なんだ。だから私は、いつ芽吹くともわからないザーハの種を蒔き続けるんだ」
チェルノザインは土に荒れてぼろぼろになった指でうすく濁った酒の入った杯を傾け、くしゃくしゃの笑顔になって、こう言った。
「ザーハの種は、ひとの心に蒔くものなんだよ」