せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2022年も適当に生きたい。

シグナル

我らが予言者ミストルテーアがまた星の悲しい未来を感知したとの知らせを受け、モルトAとモルトB、二人の調査員が急遽宇宙へ旅立った。
「今回のビジョンはこれです」ジャンプ前に連絡係が黒いカードを持ってきた。
この次元のありとあらゆる波動を全身の皮膚に受け、脳内で結んだ映像に未来を見るミストルテーアは、今回その映像を念記ディスクに保存していた。あまりに遠くおぼろげなビジョンだから、自分でもその内容が読み解けないのだという。
モルトBがディスクをリーダーに載せると、二人がかけたゴーグルにその映像が再生される。
背景は暗闇で、遠くにはまたたかぬ星たちが整然と輝きを放っている。
「これはずいぶんとまた、おだやかな宇宙ですね」
「われわれとは星系が違うのだろう」
時折遠くから、ふたつの光が並んでまっすぐこちら側へ近づいては、画面をフラッシュアウトさせて消える。
こちら側からはまばらに、ふたつの赤い炎が並んでゆるいカーブのかかった軌道を描き遠くへ去っていく。
「戦争でしょうか……」
「ミストルテーアが見るのはこんな光景ばかりだ、悲しいことだな」
遠くに青く輝く円い光が見える。これは、星なのか……
映像は不鮮明だ。受け取った波動が弱いのだ。今までミストルテーアが的中させてしまった予言を顧みるに、この悲劇は非常に遠い宇宙で起きている出来事らしい。
また二列の閃光がこちらへ飛んできた。
「うわっ!」
目の前の映像に集中し、その場にいるような感覚にとらわれていた二人の調査員は、思いもかけず高速で接近したその光を避けようと、横っ飛びに体を躍らせそのまま床に倒れた。
瞬間、彼らの視界の隅を流れながら、青く輝く星は様相を変えた。
ああ……―黄色く光って……そして……
なんてことだ。
我に帰り立ち上がったモルトAは告げた。「星が燃えるのだな」
映像は途切れ途切れになりながらも続いていた。
視界の隅に追いやられた、かつて青かったその星は、今は灼熱の色を成して静かに燃えていた。
かなり遅れて手前から、赤く頼りない光が軌跡を描く。炎に包まれた星へのその報復はもう無意味だった。
「急がなくてはなりませんね。検索後ただちにジャンプします」
モルトBは計算機の出力を最大まで上げた。
 
その頃、偉大な予言者ミストルテーアはぐったりとした体を繭の中に横たえていた。
ビジョンは彼女の体毛を覆い、皮膚から血管を通じて神経組織に入り、大脳皮質、爪、肺、背骨、第二盲腸を突き抜け、最初のアクセスから数十時間経つというのにいまだ何度も何度も繰り返し流れていた。全身を痛みが襲っていた。
繰り返す映像。青い星が一瞬黄色く光り、そしてついに燃えてゆく。映像が巻き戻されているのかまた青い星が視界にあらわれ、光線兵器の応酬、そして遠い星の終末。繰り返されるのはきっと誰かが死ぬ前に目にした映像が、強い感情とともに送られてきているせいだわ、彼女はうめきながら思った。第二盲腸までもが疼くのは、死者の痛みとシンクロしているからなのかもしれない。
痛みはだんだんと増していた。
これが最後の務めになるのかもしれない―彼女は目を閉じた。
 
モルトBの奮闘の甲斐あって、彼らの行き先は早々に見つかった。遠い。モルトAはとある予感を胸に、老朽化の進む調査艇の持てる力を全て振り絞り、大ジャンプをかけた。
ミストルテーアの予言に従い数多の民を救い、一方で数多の民が滅びていくのを見てきた。
これが最後の仕事になるのかもしれない―彼は目を閉じた。
 
闇に浮かぶ、青く輝く星。黄色く光り、やがて赤く燃える。永遠に繰り返す。
 
検索結果を精査しやがて算出された座標は極めて正確だった。モルトAとモルトBはそこに降り立った。
「星間戦争の真っ只中ではないかと予想していたのですが、どうやら違うようですね」
モルトBが不審がった。
モルトAは黙ったまま、青い星とみまごうた点を見据えた。
時折すぐ脇を輝く二つの光が通り過ぎていった。近づく光は白く、遠ざかるそれは赤かった。それらは決して彼らを直撃することがなかった。
 
平和な空気があたりを支配していた。暗く静まり返っていたがそこは宇宙空間ではなく、大気に覆われた星の地上であるらしい。さきほどスコープで見たのとは比べ物にならないほど鮮明な、澄み切った風景が二人の目の前に開けていた。
遠くに浮かぶ青い点が一瞬またたいたかに見え、そして黄色く灯り、燃える赤へと移った。
「動いたな」
「はい、動きました」
というよりは……モルトBは至極客観的に分析した。「あれは人工的な灯火です。極めて原始的な仕組みですが……」
「シグナル」
赤い光が移ろい、ふたたび青が灯った。
「この星が終末を迎えると、ミストルテーアが?そのような兆候は見えませんが、なぜ」
「わからん」モルトAは髭を震わせ頭を振った。
「だが、きっと何かがここから彼女のもとへ送られているのだ。ビジョンのほかに、何かが」
「遅かれ早かれここは滅びる、そういうメッセージなのでしょうか、その象徴としてあのシグナルが彼女に働きかけたとでも?我々の星からはこんなに離れているのに」
「救ってください」
「え?今なんて―」
「お前こそ」
「?今の言葉はモルトA、あなたでは?」
「違う。誰かいるのか?」
 
やっと見つけてくれた。
繭の中で痛みにもだえていたミストルテーアの体が浅く沈み、動かなくなった。
やっと見つけてくれた。わたしを。
 
モルトBが地表に目をやるとそこに、ふくらんではしぼむ風船のような、はかない動きを繰り返す物体があった。
「生体反応があります。この星の民でしょうか」
「おそらく」
金属の塊の前面に灯された二列の光が轟音を立てて、二人とその生命体の脇を通り過ぎていった。瀕死の生命体は調査員二人と同じ細かな体毛に覆われていたが、四肢の間には大きな赤黒い傷が口を開けていた。ミストルテーアが痛みを感じた第二盲腸はそこには見当たらなかったが。
 
「全体的な進化は遅れていますが、姿形は我々と極めてよく似ています」
「そうだな……」
 
モルトAははるか昔、ミストルテーアに告げられた言葉を思い出していた。
「救ってください、できるだけたくさんの星の民を。そうすればその中に、わたしたちの文明をつなぐたったひとつの生命が含まれているのを見つけることができるでしょう。わたしに見えるのは消え行く命たち、ただそれだけなのです」
調査および救命活動と銘打たれたそれは、実は自身らの星の営みを続けるための、一筋の光明を探すための苦闘の連続であった。
「連れて帰ろう、急いで」
「え!……星の調査はいいのですか?」
擬似生命体であるモルトBには知らされていないのだろう。この任務を、見知らぬ星の民の命を救うためだけに定められた崇高な奉仕活動であると信じて疑う様子もない。いや、そうインプットされているだけなのだ。そしてモルトA自身も。あの星唯一の生命体であるミストルテーアから指令を受けたあの日まではそのように考え、行動してきたのだ。
「今ならまだ間に合う」
「しかしもしかしたら、一見静かなこの星も、明日になったらあの赤いシグナルのように燃えてしまうかもしれないんですよ」
「そんなことよりこの命を救わなくては」
「え?」
「後継者が見つかった」
「え?それはどういう……」
「シグナルが青に戻るんだ」

闇に浮かぶ、青く輝く星。黄色く光り、やがて赤く燃え、再び青く光る。
永遠に繰り返す。
 
あたたかな繭の中で目を覚ました彼女は、見知らぬ誰かの記憶が自らを支配しているのに気がついた。自分はこの星でずっとずっと今までも、これからもひとりぼっち。ほの悲しく、それは孤独と呼ぶようなものであるのかもしれなかったが、彼女は細くニャアと鳴くことでしかそれを表現できなかった。鳴くと下腹が鈍く痛んだ。
先ほどまでのまどろみの中、遠くに青い光を見たような気がしたが、それが何であるのか彼女は理解しないまま、故郷を遠く離れた地でふたたび浅い眠りに落ちた。