電車の席で隣に座った女性が猛烈に香水臭い。こちらの息が詰まるほどだ。疲れきってやっと座ることができたというのになんてことだ。嫌悪感を通り越して殺意を覚える。席を移動しようにもすでに帰宅ラッシュの車内ではもう空席を見つけることもできない、だいいち立ち歩くこともままならない。殺意。この場所から動けないままに吸いたくない空気を吸わされる耐え難い屈辱。お前に俺が何をした。耐え切れない。気づくと彼女の首を激しく絞めていた。彼女の顔はぱんぱんに腫れ上がって紫色をしていた。目からは光がすでに消えていた。彼女の首から手を離すと、白いからだがぐにゃりと床へ崩れ落ちた。
愕然とした。香水臭い女を殺したところで、この匂いがすぐに消えてなくなるわけがないのだ。
見て見ぬ振りをしていた周りの人々がささやく。「なんて馬鹿な事を」「意味ないじゃん」「お前頭悪いな、殺したって匂いは消えないよ」
「違うんだ、耐え切れなかった、あまりにも度を越した匂いに耐え切れなかった、それだけなんだ、わかるだろう?こんなに、まだにおっているじゃないか」
俺が泣きながら周りに向かって弁解じみたことを言うと、傍らの女子高生が言う。「別に臭くないよ」
すると俺が凶行に及んだ理由を察していたはずの人だかりがいっせいにざわめく。「におっている、だってよ」「何言ってるのこの人。別に何のにおいもしないじゃない」「おかしいよ、やっぱりおかしいよ」「幻覚でも見てるんじゃないの」「ヤバいだろ」「おかしい」「気味悪い」「……」
俺は次の駅で群衆をかきわけ、通せんぼをする男たちを突き飛ばして電車から飛び降りる。改札口を抜け階段を駆け降りると、赤色灯に浮かび上がった人影が俺を迎える。あとは暗闇。
というような想像をしていると、すべてがとてつもなくどうでもよくなってくる。