せすにっき

日記。2019年1月にはてなダイアリーから引っ越しました。2024年もそこそこ適当に生きたい。

おはようございます

へんな夢みた。
誰か知らない男の人の遺言が書かれた紙を手に持って読んでいる。知らない人の手紙なのだが、読んでいるとその人の顔が自動的に脳裏に浮かんでくるというとても便利な仕組みの遺言状だ。どこかで見たことのある顔だなあ、誰だろう誰だろうと首をひねりながら読み進めていたが、ああーー、昔テレビで活躍して全国的に、というかインターネット的に有名になった人じゃないか。あれからもうどれだけ時が流れたのだろう。戦争が二回もあった。しかも二回とも宇宙戦争だった。あの地獄を潜り抜けて彼はどんな人生を歩んだのだろう。
手紙の最後に「宗純」と名前が書いてあった。「宗純」ってあれか、そうか彼は一休さんだったのか。超納得した!と叫んだところで目が覚めた。
よく考えてみたら全然納得できない。

読んでる

大化改新―六四五年六月の宮廷革命 (中公新書)

大化改新―六四五年六月の宮廷革命 (中公新書)

先に読んだ二冊の本よりもガチガチしたかんじだ。こういうのがガクジュツテキというのだろうか。書いた人の感情が今のところはあんまり伝わってこない、けれどもその代わりに「まず基本からおさらいしましょう」てなかんじに、改新より結構前の王権形成の流れのあたりからていねいに、無知な俺にぎっちりぎっちり解説してくれているような気がする。いま、ちょうど軽皇子(軽王子・孝徳天皇)黒幕説らしきものが出てきているとこ。
中臣鎌足がクーデターを計画するに当たって最初軽皇子のところへ行ってみたんだけども、軽皇子の軽薄とさえいえる喜びようにかえって興ざめした、なんてエピソードが日本書紀藤原氏の家伝にも記されているそうな。これは法隆寺本でも見かけたな。家伝だと「興ざめ」どころではなくはっきりと彼を見限った、というような記述らしい。しかし結局クーデターの後なんやかやで即位したのは軽皇子であったというところが面白い。このあたりの流れをどう読むか、というのが人それぞれなんだな、きっと。「鎌足にこんな評価をされた程度の人物であるから、クーデターの後に王位についても結局有能な中大兄皇子鎌足の傀儡となってしまうのであろう」という印象を受ける人もいれば「いやわざわざこんな風に書くなんて不自然だ、第一中臣氏と軽皇子には前々からつながりがあったのだ」と色々根拠を探し出していく人もいるのだな。

はなやぎさん、というキャラクターについて考えている。はなやぎさんというのはこの前昼休みに吉牛で焼肉丼を食べたあと満腹でフラフラになりながら通りを歩いていてふと頭に浮かんできたキャラクターであり、まだその人となりも外見も含めて曖昧模糊とした状態であり、要するに名前くらいしか決めていないけどなんとなく愛着がわいてしまったという、考え付いた人間自身にとっても謎というわけのわからないキャラクターなのであった。
今のところ苗字が「花柳」なので「はなやぎさん」と呼ばれているけど全然華やかなのが似合わない人、という設定だけがうっすらと呼吸をしている。たとえば友人の結婚式に振袖を着ようとしたらどう見ても七五三です。本当にありがとうございました。あまりにも似合わないので急遽姉の色無地を借りていったら当の友人から宴会場の世話係に間違えられたとか、そんなかんじ。